インタビュー

ニューノーマル時代の
ドアハンドル開発、
その現場が生んだもの

アイカ工業株式会社 名古屋R&Dセンター

加工・施工開発グループ / 清水 庸平さん

化粧材開発グループ / 佐藤  光さん

家具の仕上げ材や天板、空間装飾など、
さまざまな用途に用いられるメラミン化粧板で、国内トップのシェアを誇るアイカ工業。
「化学とデザインの融合」を掲げる愛知県のものづくりを代表するメーカーとAproは2020年、
抗ウイルス・抗菌機能を持つ「ウイルテクトドアハンドル」を共同開発しました。
ニューノーマルな時代に対応した画期的な新製品は、どのようなプロセスを経て誕生したのでしょうか。
プロジェクトを最前線で引っ張ったアイカ工業のお二人に話をうかがいました。

取材:2022年04月

先進的な素材開発がコラボレーションの契機に

新たなドアハンドルの表面を美しく彩る、アイカ工業の「ウイルテクト」。メラミン化粧板に 抗ウイルス性を持たせた高性能素材は、コロナ禍に先立ち開発が進められてきたもので、 その先進性から2020年度のグッドデザイン賞に輝きました。金属や繊維など、抗ウイルス 性を謳う素材はいまや多岐におよびますが、それらに比べてどのような特徴のある製品な のでしょうか。開発担当の佐藤光さんに尋ねると、こんな答えが返ってきました。

「毎日のように手指を消毒する習慣は、新型コロナウイルスが流行して以降のもの。建材 には耐薬品性が求められるようになりましたが、加工法によっては抗ウイルス剤が剥離す るケースも少なくありません。その点、ウイルテクトはもともと耐久性の高いメラミン樹脂 そのものに抗ウイルス剤を練り込むので、機能の耐久性に優れることがメリットです」

かねてから付加価値の高いドアハンドルを追求してきたAproからしてみれば、願ってもない素材。不特定多数の手に触れるという製品特性を考えても、 製品上の特定のウイルスを24時間で99%以上低減させるウイルテクトは、アフターコロナを見据えた商品開発に期待感を抱かせるものでした。 両者の思惑が一致し、プロジェクトがキックオフの日を迎えたのは、2020年初頭のことでした。

抗ウイルス性も意匠性も
共通の価値観が開発の土台

アイカ工業とAproの共同開発は、約700柄にもおよぶメラミン化粧板のなかから、新製 品のイメージに沿ったものを選定するところからスタート。古木を模したもの、リン酸処 理の風合いを表現したものなど、樹脂製品であることを思わせない表現力の高さは、目を 見張るほどでした。優美な意匠性もまた、Aproの設計思想に通ずるものがあったのです。 ただ、ここで最初のハードルが立ちはだかることになります。

「従来品に抗ウイルス性能を付加するのですが、柄によっては抗ウイルス剤で外観が白く 濁ったり、十分な機能が発揮されなかったりします。デザインを損なわず、機能もきちんと 維持したうえで生産性を確保する。これらを兼ね備えた形にするのが難しかったですね」 (佐藤さん)

幾度となくテストを繰り返した末に複合的な条件をクリアし、色柄は7パターンに決定。 続いて、こちらもアイカ工業が得意とする熱と圧力による曲げ加工技術「ポストフォーム 加工」を用い、ウイルテクトをドアハンドルの形状に加工する検証に移ることになりま す。次なるステップを任されたのは、加工・施工開発グループでチームリーダーを務める 清水庸平さんでした。

対話ベースで進められた
前例のない取り組み

「ウイルテクトの加工品はすでに販売していましたが、カウンターや扉といった大型製品 が中心。ドアハンドル用途はアイカとしても前例のない小さな部材でした」

清水さんがそう話す通り、それまでは大型部材に活用されてきたポストフォーム加工。ド アハンドル向けの加工には、製造設備それ自体の大幅な設定変更が必要だったので す。例えば、曲げ加工のためにウイルテクトに切り欠きを入れる場面。従来のカット幅で は大きすぎ、プレスした際に亀裂や反りが発生してしまったそうで、緻密な調整を強いら れることになりました。また、芯材に塗布する接着剤についても、ゼロから検討がなされ たといいます。

「ドアハンドルの要求性能を満たすのが大前提。デザインとの兼ね合いが最大の懸案で すが、『この形状だと強度が保てない』といったこちらの意見にも、柔軟に耳を傾けてくれ ました。対話型の開発だったからこそ、進捗もスムーズになったと思います」(清水さん)

安全性や耐久性といった機能面を確実に担保し、そこにシャープなデザイン性を加え る。相反する要素を両立させるチャレンジは、良好な協力関係のもとで議論が進み、 「ちょうどいい落としどころ」を探り当てることになったのです。

新たな価値創造は開発者の新たな視点を生む

1年弱におよぶ開発段階を終え、生産体制が整った2020年12月半ば、ウイルテクトドアハンドルは発売されました。アイカ工業としても初めてだった というドアハンドルブランドとの協業について、佐藤さんは素材のサプライヤーという自社の立ち位置も踏まえて、このように振り返ります。

「エンドユーザーの声を届けてくれたのは大きかったです。納入先とのコミュニケーションを、商品開発に直結させている印象を受けましたね。市場の ニーズが分かると、開発への意欲も自然と高まりました。そして何より、建物を利用するすべての人が触れるものに、ウイルテクトを採用してもらえた こと。その評価がうれしいです」

一方の清水さんは、自社製品の持つ可能性を再確認したそう。

「これまでにない部材に挑戦して、加工の限界値を知ることができたのは、とても大きい財産になりました。ウイルテクトの物性を確認するなかで、別 の用途への道筋もつけられた気がしています。商業施設やオフィスビル向けの製品だけあって、普及にはどうしても時間がかかりますが、いずれは当 たり前に見かけるものになってほしいです。今回のコラボレーションが、お互いの製品が拡販するきっかけになるとうれしいですね」

新しい価値をまとったドアハンドルがもたらした、新しい視点。ウイルテクトドアハンドルが根づくその日には、より先進的な価値が生み出されている に違いありません。

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